lily’s diary

何でも

バブみという言葉が嫌い

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私はよくTwitterにバブみを感じたいだとかおっぱいを吸いたいだとか捌け口のない欲望を便所の落書きの如く垂れ流している。異性に優しくされたことが無いからかそういう性癖なのか単純に疲れているだけなのかは不明だが、気付いた頃には聖母のような慈愛に満ちた優しい女性を欲するようになっていた。勿論この世にそんな女性は存在しない。現実を見ることの出来ないオタクはイデアしか見ることが出来ないからだ。

 

題と言ってることが真逆じゃないか!と突っ込まれるかもしれないが考えてみて欲しい。

バブみという言葉、とても頭が悪い言葉だと感じないだろうか。

そもそも「ーみ」という言葉は形容詞を名詞化したものである。当然「バブ」は擬音であり言葉ですら無いため、バブみという言葉は日本語として破綻している。

前回の記事の最後に萌えという言葉の完成度について少し語ったが、萌えのようにバブみも何かいい言葉に置き換えられないだろうか。

 

そこでおねショタ漫画で自慰に耽っている最中思いついたのが「慈しみ(いつくしみ)」である。

これならばバブみと意味はさほど変わらない上に日本語としても成立しているし、誰にでも意味が通じる。実に美しい日本語ではないか!

 

ちなみに慈という漢字は茲+心の会意形成文字であり、茲は増えるや養うを意味し、そこに子を大切に育てるということを意味する心がつくことで成立したらしい。語源から既にバブみ慈しみを感じないだろうか。

 

ちなみに「バブみ感じてオギャる」というオタク丸出しの気持ち悪い言葉は「慈しみを感じ涙する」に言い換えることが出来る。汲み取り式トイレと水洗トイレくらいの違いがあることにお気付きだろうか。

当社比で気持ち悪さを9割削減することに成功した。

 

この記事を見たオタクの皆さんが「バブみ」の概念に「萌え」のスタイリッシュさが上乗せされたこの言葉を使ってくれることを願ってやまない。

 

 

ちなみに僕は使いません。流行るわけがないので。

そりでわ✋